サッカーに振り回される幸せ

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先日

 先日、小、中学校とサッカーを一緒にやってきた友人2人と話す機会がありました。(チームメイト)プライベートでも仲が良い友人です。自分が地元のチームに属しているので、ホーム戦を見に来てくれました。試合の結果は敗戦という結果になってしまい、来てくれたのにも関わらず、歯痒い、悔しい気持ちでいっぱいでした。そんなことを踏まえながら試合終わりに2人に会って話しました。

 試合結果やリーグのレベルはどうであれ、自分のプレーを見たことでまたサッカーがやりたいと言ってくれたことや今からボール蹴ろうぜって三人で試合終わりにボール出して、話したんです。数年前に戻ったかのように無邪気にボールを蹴っている友人を見てすごく、嬉しかったし、サッカーって楽しいんだよなって改めて思えるような空間でした。

 ましてや、自分のプレーを見て感化されるって自分にとっては、幸せなこと、求めているものでした。自分自身が1番に大切にしている言葉があります。これは何をするにおいてもです。

 『楽しむこと、それが1番大切なんだ』

これは小学生の時に、母さんが自分に買ってくれた、小野伸二さんの本の中にある一文です。といのも小野伸二選手自身が1番に心掛けていることなんです。

 自分はこの言葉を常に意識し、掲げ、生きています。サッカーを自分自身が心から楽しむことで、楽しんでいる姿を見てもらいたい。自分のプレーを見てくださる方々が、楽しそうだねって思ってくれて、ワクワクるようなプレーと見ていただいている側が楽しんで頂きたいと、強く思っています。

応援したくなるようなプレイヤーにもなりたいんです。なります。

今回の試合でも、運営人やスポンサーの方々の熱い力添えがあり、設備から会場雰囲気も素晴らしく、負けはしましたけど、個人的には幸せを感じつつ、楽しめたかなと思っていて、そんな自分を見て感じてくれた。それがある意味形として現れたことに、喜びを感じました。

気づけば結局1時間以上ボールを蹴っていて、ランチに行く予定が、呑みに行くことに変更になってしまいました。ボールを蹴っていたら時間なんて忘れますよね。なんで昔ってあんなに時間あったんやろって思います笑

焼き鳥食べました!

たくさん呑みましたよ。地元に帰ってからご時世的にも出にくい部分などがあり、友人と呑みに出たのは大学ぶりでした。ましてや、小学校からの友人と呑むって、当時を考えると不思議な感覚でした。何十年経つ中、こうやって集まれる空間にすごく幸せを感じていました。

 過去の思い出話や今後のビジョンや今ある生活についてたくさんのジャンルについて話しました。やっぱりお酒が入るため話は盛り上がりますし、自分がサッカーに対する思いや同時に夢や野望、不安なことなど普段話す機会がない話題を、自らオープンにしてみたんです。

っていっても大雑把な内容だったんですけど、思いつきで行動するタイプなので、今年サッカーに賭けることはもちろんですが、来年プロ契約ができなかったらやめようかなとも考えています。そんなことを伝えてみたんです。そこに共感から賛成、指摘などは求めていませんでしたが、2人揃って絶対にやめるなと。サッカーやめて後悔している、できるうちはやれ。割と多くの方々に言われるセリフです。できる環境に居てる俺が羨ましいと。

この環境を選んだのは自分自身。今ある環境にたくさんの犠牲と協力があって、自分が今サッカーできている。サッカーをやめる、やめた自分がイメージできずに今がある。サッカー辞めれたらどうなるんやろっていう不安と、サッカーやめたら何ができるだろうの期待が常に自分の中では飛び交っている。

友人の発言の自身への影響力は割と大きくて、なんか説得力があるんですよね。お前ならもっとやれる。なんてばっか言われると単純な自分からしたら、モチベーション爆上がりですよ。案の定、次の日めっちゃトレーニングしましたもん。

こういう機会を定期的に作り、自分のモチベーションを保つわけではないですけど、刺激をもらえる環境を自身でチョイスすべきだなと改めて感じました。結果今後の夢や目標が変化したわけではなく、ただ自分のモチベーションが上がり、夢の再認識を行う、会になりましたが、暑すぎる夜になりました。

よし、7月も開催しよう。

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